“完璧主義”について思うこと。「100点満点」を目指すのは良いこと?【コラム第25回:向上・行動・心理】

“完璧主義”という性質、物事への取り組み方について。
わたし自身でいうと、完璧主義の傾向が強めだと思います。
ただ、テキトーーーに、完璧主義とはほど遠いような行動をしている場合もたくさんあります。
先に言ってしまうと、「生きて行く中で、常に完璧主義」というのはかなりきつい生き方になると思います。
ですので、わたしは「何もかも完璧にしよう」とまでは全然思わないです。
「テキトーにやる」
「雑にやる」
「気を抜いてやる」
そういうことがたくさんあります。
しかし一方で、「これはできる限り完璧に近づける」というつもりで何かに取り組むこともあります。
要するに、目の前のことが何なのか、対象が何なのか、ということによって話が変わって来ます。

① 完璧主義がもたらすデメリット

完璧主義だったら、こんなまずいことがあるよ~、という点について。
まず、進まない。
物事が、進まない。
「100%自分が納得する、最高のクオリティの記事を書こう」
この記事で、このブログのコラムが25回目となりますが、上記のように思ったことなんて初めから無いですよ。
「完璧なコラム記事を書いて投稿しよう」とか、思ったことないです。
少なくともこれまでは。
なぜなら、そんな意識でやってたら、進まないから。
全然、記事の生産ができない。
コンテンツが、増えない。
そしてそれは、良くない。
なので、「これぐらいで十分かな」という程度で投稿する。
じゃないと、先に進めないんですよね。

勉強でも同じようなことが言えます。
「1つの問題や単元で、ずっと立ち止まっている」
というのは、賢くない場合が多いです。
特に、広い範囲の学習内容をカバーする必要がある場合、のろのろしてたらまずいです。
「この部分を完全に、詳しく理解したいから・・・」
それ自体は絶対に悪いわけではないですが、先ほど書いたように”取り組まないといけない範囲”というのがあるなら、ペースが遅すぎたらまずくなりますね。
ですので、「ある程度そこに取り組んだら、次に進む」という方針が必要となって来ます。
確かに、「ここをしっかり理解しておかないと、先に支障が出る」という場合もありますが、そういうのを除いたら、「完璧にこだわる」というのはデメリットになります。
なぜなら、重ね重ね言いますが、進まないから。

あとは、「完璧主義で取り組むことが多ければ多いほど、疲れる」というのがありますね。
そりゃ、疲れますよ。
完璧にやるように、神経をより多く使うので。
消耗が激しくなってしまいます。
これはかなり大きなデメリットです。

② 完璧主義の方が良い場合

ここから、完璧主義のプラスの面について述べます。
「完璧主義の一般的な程度」というのが分からないですが、冒頭で述べたようにわたしは完璧主義の傾向が強めだと思います。
ただ、これもその後に述べたように、雑にテキトーにやったりすることも色々たくさんあります。
そういった中で、「これに関してはできる限り完璧にやるようにした方が良いな」ということもあります。
それは単純に、「重要度が高いこと」です。
「これはミスができない、失敗しない方が良い」
「これは最高のクオリティにした方が良い」

といった場合です。
言い換えるなら、”勝負所”や”大勝負”の時ですね。

わたしも、これからそういった非常に重要な状況になったら、
「本気モード」
「完璧主義モード」
になると思います。
まあ普通に考えて、すごく重要なことなのにテキトーに雑にやったりしないですよね。

これはつまり、逆に言えば「そういう”勝負所”でなければ完璧主義は必要ない」ということです。
それは①のデメリットで述べたように、
「進まない」
「消耗が激しい」
というのが主な理由です。

● まとめ:結局はこれも使い分け

ということで、完璧主義には”向き・不向き”な状況というのがありますので、臨機応変に使い分けれるのが賢明かなと思います。
今回の内容も、わたし自身に向けたメッセージのような意味合いもあります。
人間には多様な性質があって、1人1人の異なる境遇でベストな選択ができると良いですね。

以上、ここまでご一読頂きありがとうございました。
何かあなたのお役に立ちましたら幸いです。

アメリカ旅、LAのグリフィス・パークのふもとのどこかにて撮影。グリフィス・パークはでっかい自然公園です。頂上に天文台がある施設があります。