どうも、前回と同じテーマの記事の続き、Part2です。
リンクはこちら→「カッコいい人」ってどんな人?(Part1)
前回のPart1では、
●行動する人・行動している人
●何らかの能力が高い人
の2項目で、カッコいい人について論じました。
まあ前回も述べましたが、こういった「カッコいい」とかいう概念は、当然ながら人それぞれで異なるので、わたしが書く内容が絶対だなんて微塵も思っていませんので、ご了承ください。
今回も、客観的に考えつつ、わたし自身の主観(価値観・好み)も交えて書いて行きます。
● やさしい人
これは、本当に人間の本質的な、少なくとも現代なら「美徳」の1つと考えられているものだと思います。
かといって、「みんなやさしい人間にならないといけない」とか、そこまではわたしは全然思ってないですよ、念のため。
基本的にわたしはこのブログで「絶対にこうじゃないといけない」みたいなことはほとんど言いませんので。
まあたまには言うと思いますが。
とにかく、「やさしい」ということですが、そもそも「やさしい」といってもこれも人それぞれで「何がやさしさなのか」とか「どういうものがやさしさなのか」など、見なし方が異なりますね。
ある人が「これがやさしさだ」と思って相手にしたことが、相手からしたら全然やさしいような行動ではなかった、とか。
いかなる状況でも「これが絶対にやさしさの正解」みたいなものはないと思います。
まあその辺りは深掘りすると本当に終わりのないような哲学的だったり倫理的な話になって来ますので、焦点を当てすぎないようにします。
それでは、ようやく本題ですが、なぜ「やさしい人」はカッコいいのでしょうか?
まずは、わたしの個人的な意見から。
1つ目が、器が大きいな、と感じられるから。
「やさしければ器が大きい」とは一概に言えませんが、少なくともわたしがこれまで生きて来た中では、「人としてでかい」みたいに接してて感じた人たちは、だいたいやさしさを感じられた人たちだと思います。
これは性別関係なく、です。
まあ単に「自分にやさしくしてくれるから」というプラス感情などが入っているからかもしれませんが、そういう人たちはカッコよく見えますね。
それと、もちろん自分に対してだけではなくて、誰かが別の誰かにやさしいことをしている場面を見たりしても、心が和みますし、カッコいいですね。
あとは、「やさしいことをする」って、「良いことをする」のと同義なことが多いのではないでしょうか。
絶対ではなくても、ですよ。
「やさしいこと=良いこと」では必ずしもないと分かっていますよ。
けれども、だいたいは、良いことでしょう。
そういった「良いこと」をしている人ってカッコいいです。
具体的な話をすると、ちょっと前に、Youtubeである動画を見ました。
それはとある鳥取県のニュース番組で、台風か大雨かで、畑とか道路とかが冠水してる、ほとんど水で浸かってるという状態をレポーターが中継放送しているものでした。
そしてその放送中に、ひょっこりと”モグラ”ちゃんがレポーターの足元の近くに現れます。
あの、地面に潜る、動物のモグラです。
そこら中が冠水して、溺れて死んでしまうので、命からがら逃げて来たのでしょう。
それで、道路の歩道に逃げて来たのですが、
「うわ~、どうしよう、ここまで来たけど、どこに逃げたら良いんだろう・・・」
とそのモグラはうろうろ困っています。
そして、歩道より段差で低くなっていて池のようになっていた道路に入っていってしまい、溺れてしまいます。
苦しそうに溺れていて、そのままだと確実に死んでいたでしょう。
しかし、先ほどのレポーターが、持っていた傘でそのモグラを歩道の方に移動させて、モグラは歩道に辿り着いて助かった、という動画でした。
その後にどうやらモグラは安全そうなところへ運んでもらったらしいです。
ちょっとしたことかもしれませんが、カッコいいですよね。
「モグラが嫌い」とかそういう人なら話は別だと思いますが、わたしはだいたいの動物は好きですので、めっちゃ良い話だなと思いました。
おじさんのレポーターでしたが、カッコいいなと思いましたよ。
Youtubeでテキトーに単語を入れて検索すれば出てくるはずです。
気になる方はご覧になられて下さい。
重ね重ね、「いかなる場合でもやさしいのがカッコいい」とまでは思いませんが、一般的に見てもやさしい人というのは魅力があったりカッコいいと見なされる傾向はあるのでは、と思います。
あとは、恋愛などで「やさしい(だけの)男性はモテない」とかいう話もありますが、まあそれこそ結局は人それぞれでしょうし、「やさしい」以外にも色々な要素があると思いますので、一概には言えないだろうな、と思います。
はい、ということで1つ目の項目はそろそろ切り上げます。
わたしの主観が結構入っていましたが、客観的に見ても男女関係なく「やさしさ」って魅力の1つだと思います。
ただ、「やさしさ”だけ”しかない」というのは逆にカッコよくない気もします。
まあ「正しい」とか「正しくない」の話とは違いますので、結局は人それぞれの好みとか考え方ですよね。
● 自分らしい人、その人らしい人
とりあえずこの4つ目でラストとします。
これもちょいちょい耳にすることだと思います。
「自分らしく生きよう」とか、
「自分らしく生きたい」とか、
だいたいの場合は、良い方の意味で言われるのではないでしょうか。
しかし、「自分らしく」といっても、この地球上に現在82億~83億もの人間が存在していて、それだけの尋常じゃない数の人たちが全員「自分らしく」生きれているか、といったらそんなわけないですよね。
ちょっと規模が大きくなりすぎましたが、日本で考えてみても、「わたしは自分らしく生きれています、また、生きて来ました」と自信を持って答えれる人はどれぐらいいるでしょうか?
「そもそも、”自分らしく”とか考えなくても、幸せに生きれてますよ」という人もたくさんいらっしゃるかもしれないですが、10年、20年、30年、わたしは今38歳なので38年・・・とか生きて来て、そういう「自分らしく」みたいなことを誰しもが1度や2度はじっくり考えたことがあると思います。
だって、自分っていつも一緒に生きてるわけじゃないですか。
20歳まで生きたら、20年間は自分は自分と一緒ですね。
(赤ちゃんの時の記憶とかは基本はないと思いますが)
ご飯を食べてる時や、学校に行ってたり、仕事をしてたり、ゲームをしてたり、友人と遊んでたり、旅行に行ってたり、寝てたり、トイレに行ってたり、うれしいことがあってテンション上がってたり、悲しいことや悔しいことがあって泣いてたり、どんな時でも自分って自分と一緒にいますよね。
ですので、自分を自分と切り離して生きて行けないのです。
これも早めに言っておきますが、「自分勝手に生きる」というと、また印象が違ってきますね。
「自分らしく」とは違って、マイナスの印象を含むことが多いと思います。
これはなぜかと考えたのですが、おそらく「自分勝手に」の方は、「周りに迷惑をかける」とか「他人がどうなろうがどうでもいい」とか「一般的に見てやるべきことをやっていない」とか、そういう意味が含まれるからだと思います。
ですので、「自分勝手はダメ」というのを「常識」と呼んで良いのか定かではないですが、まあ一般的にそうなってます。
例えば、「図書館で私語をしてはいけないところで私語をしまくっている」としたら、近くで本を読んだり勉強をしたりしている人たちが不快になったり迷惑を受けたりします。
それだと、ちゃんとしている図書館なら職員の人が注意したりして解決しますが、そういったルール違反行為などを「自分らしくしてるから」と言ったら、やばくなってきますよね。
車でいうと、制限速度が時速60kmのところを時速120kmで走って、「自分らしくしたかったから」はおかしいですよね。
こういった例だと、「自分らしく」と「自分勝手」の違いが明確です。
しかし、これら両者の違いが判断しにくい場合もたくさんあります。
まあ、長くなるので今回はそこは割愛しますが。
こういったことって、「絶対的な真理」みたいなのはないです。
何度もこれまでに言って来ましたが。
はい、それでじゃあ「自分らしく」とは具体的にどういうことか、どうしてそれがカッコいいのか、という話に戻ります!
逆から見てみます。
では「自分らしくない」ってどういうことですか?
それは、ざっくり言うと、
・他人に合わせてばかり
・他人の顔色をうかがってばかり
・自分の考えとか価値感とか好みとかがハッキリしていない
・自信がない
などでしょうか。
最後の「自信がない」は関係ないように思われるかもしれませんが、わたしは含めて良いと判断します。
で、「他人に合わせる」のがダメという意味ではなくて、生きて行く上で、様々な場面において「合わせる」というのは必要ですし、大切ですよ。
それは「状況」とか「事情」とかによります。
(毎度毎度のこと言っていますが)
また、合わせるのが「やさしさ」の1つとも言えます。
しかしですね、”カッコよさ”でいうと、いつも周囲に合わせてて、顔色をうかがっている人って、カッコいいですかね?
おそらく、多くの場合はカッコいいとは思われないでしょうね。
別の面では好意的に思われるかもしれないですが、この記事のテーマは「カッコいいかどうか」ですので、その点ではやはり「合わせてばかりで自分がない」という人はカッコよく見なされにくいでしょう。
だって、ベジータがいつも、
「オレもそう思う」
「オレもそうなんだよ」
「悟空の言う通りだ」
「今は悟空の機嫌を損ねたくないから、大人しくしていよう・・・」
みたいに周囲に合わせていたら、嫌じゃないですか?
まあ「好感度」は上がる可能性はありますが、カッコよさは下がるかなと思います。
あなたが、友人とプロのサッカーの試合を観るためにスタジアムに行きました。
その友人はあまりサッカーに詳しくありません。
あなた「あの選手良いね」
友人「おー、良いね。(分からんけど)」
あなた「この試合、こっちのチームが勝つ気がする」
友人「おー、オレもそう思うわ!(分からんけど)」
あなた「トイレ行ってから飲み物買ってくるわ。何が良い?」
友人「なんでも良いよ!」
あなた「あー、ちょっと暑いな」
友人「そだねー、確かに。(本当は少し寒いけど)」
あなた「あ、このタオルいいわ。これ買って帰る」
友人「あ、じゃあオレもそれ買う。良いねこれ。(本当は別にそう思わないけど)」
あなた「楽しかったなー。人がたくさん集まるところって好きだなー」
友人「賑やかで良かったねー。(やっぱ人が多いとこあまり好きじゃないな)」
・・・・・
なんかコントみたいになりましたけど・・・。
いや、良いんですよ。これでも。
この2人は、仲は良いかもしれません。
お互いが自分勝手にしてても、仲が悪くなったりするでしょうから。
でもこのあなたの友人ってカッコいいんですかね?
・・・いや、カッコいいのかな?
正直、今わたし自身もよく分からなくなって来てます(笑)
あれ、これちょっと判断つきにくいな。
普通に成立してるような気もします。
まあ友人は本心とは違うことを言ったりしたりしてますが。
友人本人がこれで良いなら、良いんですかね?
これも「やさしさ」の1つと捉えるなら、カッコいいのかな?
わたしにはよく分からなくなりました!
みなさんは、どうお考えになるでしょうか?
無理矢理まとめますと、
●やさしい人
●自分らしい人、その人らしい人
これが一般的にカッコよく思われやすい、そしてわたし自身もカッコいいなと思う人の特徴です。
色々と言葉足らずだったり、補足しておきたいこともあるのですが、記事のボリューム的にここらで終わりとします。
「やさしい」とか「自分らしい」とか、漠然としている概念でもあるので、本当に「たった1つの正解」みたいなのはないですのでね。
はい、ではお疲れ様でした。
ご興味がある方は、Part1の記事もご覧になられて下さい。
ここまで読んで頂き、ありがとうございました。
何かあなたのお役に立ちましたら幸いです。
