「カッコいい人」ってどんな人?(Part1)【コラム第15回:生き方・行動】

どうも、寝起きはだいたい緑茶かコーヒーか牛乳を飲むテルオです。
今回は、タイトルにあるように「カッコいい人」ってどんな人だろう?というテーマについて話をします。
注意点が、今回は「男性におけるカッコよさ」をテーマとします。
「男女差別をしないで下さい。男性も女性もカッコよさとか同じじゃないですか」と仰る方もいるかもしれないですが、わたしは現実的には違いは色々とあると思いますので、ご了承下さい。
わたし自身が男性ですので、単に「書きやすい」というのも有ります。
それだけの理由です。
※書き終わってみたら、結局は性別関係ないような内容となりました。

まず、「カッコいい・わるい」とか「好き・嫌い」とかそういう価値観とか好みというのは人それぞれなので、100人中99人が「カッコいい」と言っても、あとの1人は「え、全然そうは思わない」と言う場合もあるでしょうし、それは当然です。
フィクションの世界でも、
「ゾロよりサンジの方がカッコいいと思う」とか、
「サスケよりナルトの方が好き」とか、
「ジョルノやブチャラティよりもリゾットの方がカッコいい」とか、
「ルパンより銭形警部(とっつぁん)の方がカッコいい」とか、
「L(エル)よりも夜神月(ライト)の方が魅力的に感じる」とか、
色々あると思います。
上記の例はテキトーに挙げたもので、わたしの好みなどとも関係ありません。
あと、漫画とかアニメに興味がない方々にはよく分からないと思いますが、すみません。

まあこれらはフィクション、創作の世界ですが、現実世界でも同じようなことですよね。
客観的に「こういうのがカッコいいと思われやすい」というのはありますし、そういう「一般的観念」みたいなのとは別に、1人1人が持つ独自の価値感とか好みももちろんありますね。
要するに1人1人の「主観」ですね。
今回は、客観的にも考えつつ、わたし自身の主観(価値観・好みなど)も交えて話をして行きます。

●行動できる人、行動している人

いきなり1番重要だと思うものについて。
このブログでも度々書いてきましたが、動いてる人の方が魅力的です。
その「動いてる」というのは、肉体をすごく使いまくってるとかだけではなく、デスクワークとか勉強とかも同様です。
何かに取り組んでいる。
仕事、趣味、人との関わり、などにおいて積極的に行動していたり、何かを目指して具体的な努力をしていたり。
また、「自分がやるべきことをやっている」とか、「他者のためになることをやっている」とか。
そういうのは客観的に見てもプラス評価を受けることが多いのではないでしょうか。
逆に、行動せずにじっとしていることが多い場合は、あまり良く思われないことが多くなると思います。
もちろん、「病気で入院している」とか、そういうどうしても仕方ない場合などは、除外します。
そういった場合は、基本的には周囲からも理解されるでしょうから。

しかし、「めんどくさい」からとか、「ひよってる・ビビってる」から行動できてない、といった場合は、他者から良くは思われないでしょうね。
カッコいいと見なされることは中々ないでしょう。
「怠惰なんだな」
「根性ないんだな」
「ビビりなんだな」
「弱いな」
と見なされる可能性が十分にあります。
ただ、必ずしもマイナスに思われるわけではなく、かえって「人間らしいな」とか好意的に思われることもあると思います。
しかし、「カッコいいか」という観点だと、カッコよくはないですよね。
今回のテーマは「カッコいいかどうか」ですので、他の意味で好意的に思われるかどうかは別の話とします。

そして、こういうのって他者からの評価だけでなく、自分自身でも分かるんですよね。
「今の自分って、カッコよくないな」って。
なぜ今回のテーマについて記事を書こうかと思ったかというと、わたし自身が現在、自分のことがカッコいいと全然思えてないからです。

そりゃあ、
収入もすごく低いし、
かといって夢や目標のためにすごい行動ができているわけでもないし、
ひよったりビビったり逃げたりしてる部分も色々あるし、
これで自分がカッコいいと思えたら逆にまずいですよね。
まあ「言い訳」はしようと思えばできるのですが、それも言い訳でしかないので、してもしょうもないですし。
その言い訳がカッコわるいですしね。

話を戻すと、なぜ行動する人がカッコいいかというと、恐れてないからだと思います。
もしくは、恐れていてもやるから。
すごく恐れていたとしても、大切なことのためならやる、という人。

失敗することとか、
傷つくこととか、
恥ずかしい思いをすることとか、
きつい思いをすることとか、
そういった恐れを気にしなかったり、乗り越えたりして行動してるから。

だからカッコいいのだと思います。

ただ、「リスク管理」をすることは必要ですよ。
「何でも無鉄砲にやりなさい」と言いたいのではないです。

やろうとしていることにどれだけのリスクがあるのか、冷静に判断することは必要です。
わたし自身も、過去に「これはマジで命を失う可能性が十分にあるな」という状況を経験したこともあります。
アメリカを旅していた時のことなのですが、「これはマジで終わるかも」という状況になったことがありました。
別に海外だけがどうこうというわけではなく、日常的に危険度が高い仕事をされている方々もたくさんいらっしゃるでしょうし、そうでなくとも何かをしていれば何らかのリスクは発生するわけです。
なのでそのリスクの程度がどれほどのものか、というのは考えておかなければなりません。
「行動する方がカッコいい」とはいっても、それに伴うリスクについては自己責任なのです。

まだ1つ目の項目なのに、かなり長くなってしまいました。
あとは、エネルギーを感じられる人の方が、より魅力的に、カッコよく見えるというのもあると思います。
実際に行動をしている人の方が、エネルギーを感じられるので、そこがポジティブな印象を与えるのでしょうね。

● 何らかの能力が高い人

2つ目は何にしようか迷ったのですが、これにしました。
これを書くと、「自分は何の能力も高くないですので、カッコわるいですね」とか「能力が高くない人たちを否定していますね」とか受け取られる可能性はあると思いましたが、この辺りを気にしすぎているとコンテンツ発信の内容にかなり制限がかかって来ますので、正直にこれで行きます。
実際、これから述べることは事実だと思いますし、現実をごまかすのもそれはそれで良くないと思いますので。
なんでも現実をしゃべれば良いとは思ってないですが。

まず日常的な例から挙げます。
“料理”だとしたら、
「え、野菜を切るの上手いですね!」
「手際が良いですね」
「うわっ、このポケモンのキャラ弁すごいですね。自分には作れないですよ」
「たこ焼き作るのなんでそんな上手いの?」
こういったことは「すごい」し「カッコいい」ですね。
その他には色んなジャンルでいうと、
「コミュニケーションが上手ですね。羨ましい」
「力持ちですね。こんな重いものを普通に運べて」
「車のタイヤ交換、自分でできるんですね。カッコいいな~」
「走るの、速っっっ!!何か陸上とかスポーツされてたんですか?」
「体力オバケですね。自分はそんな長時間の仕事はこなせないです」
「動画編集できるんですね、すごい。難しくないですか?」
キリがないですが、このような比較的に身近なことでもカッコいいと思われるようなことはたくさんありますね。

次に、より顕著な例を挙げます。
フィクションの世界で考えてみると、
「ドラゴンボール」の悟空とかベジータが、めちゃくちゃ弱かったら、カッコいいと思いますか?
それでもカッコいいかもしれませんが、カッコよさは減りますよね。
それは、彼らの「戦闘力」がずば抜けて高いからです。
しかし彼らの戦闘力が、「一般人と変わらない」となると、話が大きく変わって来ます。
※念のため、「能力が高いだけが人のカッコよさ」とか言いたいのではないので、ご注意下さい。
悟空の戦闘力がすごく低くても、彼の別の面ですごくカッコいいということは十分にありますから。

念のために補足を入れましたが、別の例を出します。
今度は現実世界の例として、野球の大谷翔平さん。
大谷さんが、もしも野球が全然上手くなかったら。
確実に、大谷さんをカッコいいと思う人数は減りますよね。
「野球が上手くない大谷さんはカッコわるい」という意味ではなくて、「大谷選手がカッコいい」と思うファンの人たちは、大谷さんが野球においてものすごい能力を持っていて、結果も出しているからファンになっているのです。
もちろん、ファンの全員が能力的な部分だけで判断しているのではないと思います。
けれども、「野球がずば抜けて上手い」というのは、外すことはできないですよね。
※本当に念のためですが、野球ができなかったら大谷翔平さんはカッコよくないという意味ではありませんので。

このように、現実としては、何らかの能力がある人は魅力的だとかカッコいいとか見なされやすいのです。
キレイごと抜きにして、これはしょうがないことです。
そういうものですので。
ただ、本当に繰り返しですが、「生きて行く上では能力が高くてカッコよくないといけない」とかいうことを主張したいのではないですので、今一度念を押しておきます。
なるべくなら誤解は少ない方が良いですので。

そういうわけで、もしあなたがカッコよさレベルを上げたいのなら、何らかの能力を磨くことは意味があると思います。
少し厳しいことを言うと、そういった行動や努力などをしないで、「能力でカッコよさを判断するなんておかしい」というような意見をするのも、わたしは違うと思います。
だって、何らかの高い能力を持つ人たちって、行動や努力をたくさんすることによってそういった能力を獲得しているので、別にそれで「カッコいい」と思われることがあったって、良いじゃないですか。
中には、すごい才能があって、あまり苦労せずに突出した能力を得ているような人もいるでしょうけど、それは少数でしょうし、もうそういうのはしょうがないでしょう。

ではまとめに入ります!
カッコいい人って、どんな人か?
●実際に行動している人
恐れたりめんどくさがったりせずに行動している人、
もしくは、たとえ恐れなどがあったとしても、大切なことなら行動できる人
●何らかの高い能力を持っている人(獲得した人)
これはもうしょうがない、現実です。
ぶっちゃけ、受け入れるしかない。
厳しいかもしれないですが、これが悔しく思うなら、自分に必要だと思う能力を決めて、なんとかしてそれを磨いて行くしかないです。
「自分は別にカッコよくなりたいとか思わないので、どうでもいいです」というのなら、わたしはそれで良いと思いますし、「カッコよく生きないといけない」とかそういうことを押し付けるような意図は全然ありませんので。

そして、この記事で書いたことだけが「カッコいい人の条件」だなんて思ってないですからね。
タイトルに(Part1)と書いてますし。
ただ、人が別の誰かをカッコいいかどうか判断する際に、今回の記事内容はだいたいの場合に当てはまるのではと思います。
誰が誰をどう見てどう感じるか、どう考えるかとかは、1人1人異なりますが、一方で”普遍的な傾向”というのもありますのでね。
あとは、「他人からの評価」だけでなく「自分でどう思うか」というのが大切です。
「自分が自分でカッコいいと思えるか」
「自分で自分のことを好きであれるか」
“自己肯定感”とか”自尊心”とか、昨今ではよく言われることですが、そういったものが低下し続けると、ネガティブになるのが増えたり、軽めのうつ病に近づいて行ったりしますので、他人からではなく「自分で自分をどう思うか」というのも大切にしましょう。
「自分はカッコわるいと思う」
「自分のことが嫌い」
というよりは、「カッコいい、好き」と思えた方が良いじゃないですか。
そのためにも、勇気を出して行動したり、努力したりするのが必要ですね。

※冒頭で「男性における」と書きましたが、結局は性別関係ないような内容になりましたね。
以上、ここまで読んで頂きありがとうございました。
何かあなたのお役に立ちましたら幸いです。

アメリカ旅、LA、サンタ・モニカにて撮影。