プライド。
英語では、”pride”
日本語の意味だと、
「誇り、自尊心、意地」
のようになります。
みなさんは、「プライド」と聞いて、どのような印象を持ちますか?
良い方のイメージを抱くか、悪い方のイメージを抱くか。
結論から言うと、まあどちらもありますよね。
ポジティブなプライド、ネガティブなプライド。
時折、「プライドが高すぎる」とか「プライドがなさすぎる」とか、そういった言葉が使われることがあります。
他には、「邪魔なプライド」とか「もっとプライドを持て!」とか。
要するに、「プライドがあった方が良いのか、ない方がいいのか」という話になって来ます。
毎度毎度のことですが、これもやはり”場合による”となります。
● 必要なプライド、あった方が良いプライド
まず、「プライドがあった方が良い場合」「プライドがないとまずい場合」について述べます。
つまり、”プライド肯定パターン”です。
これは、何かにおいて成長・向上する必要がある場合です。
なぜかというと、勉強で考えてみますと、
では”チョコさん”が50点満点のテストで”35点”を取りました、とします。
(”チョコ”というのはわたしの飼いネコの名前で、単に仮名として使っているだけです)
で、その場合にどう感じますか?
「うわー、今までずっと40点以上をキープしてたのに、悔しいなぁ・・・」
とか、
「え、この科目はあの子に負けたことなかったのに、初めて負けちゃった・・・」
とか、思うかもしれません。
そしてそういう風に感じるのは、プライドがあるからです。
もしこれで、チョコちゃんに勉強やテストに対するプライドがなければ、
「あー、初めてこの科目で40点とれなかった。まあでも別にいっか」
とか、
「あの子に負けちゃったけど、別にどうでもいいや」
というようになるでしょう。
要するに、「悔しい」とか「やばい」とかいう感情が湧かないでしょう。
そして、ここから更に重要なのですが、そもそも、プライドがなかったらそんなに良い点自体が取れないです。
プライドがなかったら、良い結果は出ないです。
なぜなら、プライドがなかったらがんばれないから。
先ほどの話でいうと、「結果が悪くても別にどうでもいい」と思っているのに、たくさん努力ができたりすると思いますか?
できないですよ。
だって、別にテストの点数が良くなかったり、誰かに負けたりしても、特に「悔しい」とか「つらい」とかないのですから。
「まあこれで良いよね」という感じなので、必然的にそこで妥協します。
ただ、「プライドはあまりないけど、それが楽しいからたくさんやってる」のような場合で良い結果が得られてる、といったことはあると思います。
まあそういう場合は、それで素晴らしいことでしょう。
しかし、わたし自身の勉強の指導経験から見ても、
「成績が良い・学力が高い」という子供であれば、勉強や成績に関するプライドというのが高めな傾向が明らかにあります。
たとえ、その子供本人が「いや、そんなプライドとかないよ」と言っていても、実際はかなり高いプライドを持ってる、とか普通にあると思います。
まあただ、ここで付け加えておくと、「プライドは高いけど、行動はしない」といった場合もちょいちょいあったりすると思いますので、絶対ではないです。
けれども、本当にプライドが強ければ、ほとんどの場合は人間って行動するはずです。
● 不要なプライド、ない方が良いプライド
はい、ここまで「プライドがあった方が良い」という話をしましたが、ここから「プライドがない方が良い」という話に移ります。
これは、先ほどの「成長・向上するために必要なプライド」とは異なる、「成長・向上するために不要なプライド」とも言えます。
「不要」なので、ない方が良い、ということですね。
例えば、先生が「こうするのが良いよ」と言って、素直にそうするか、それとも「いや、自分はそれは良いやり方だとは思わない」といった感じで、先生の助言したようにはやらないか、といった具合です。
これは正直に言って、その先生の言う通りにするのか、しないのか、どちらが絶対に正解なのかは一概に言えないです。
というのが、わたし自身が勉強を指導して来て、人間って1人1人違うので、「あなたはこうやるのが絶対に正解」とは言えないんですよね。
講師としてそれだと「自信がない、頼りがない」と思われるかもしれませんが、誰かがあなたに「こうした方が良い、こうするべき」と助言しても、それがあなたにとって正しい場合もあれば、正しくない場合もあるわけです。
まあ当然ですが、他人の言うことに何でもかんでも従うのは、それも違いますよね。
ただですね、やはり何かにおいて自分より高いレベルにある人や、自分より経験が豊かな人からの助言は、だいたいの場合において素直に従った方が良いです。
だって、その道において自分より相手の方が優れているんですから。
その道において自分より優れている相手の言葉に従ったり、その相手を模倣(真似)したりすることは、成長・向上することにおいてすごく重要なことです。
それなのに、余計なプライドが邪魔してそういうことができなかったりすると、自分の成長や向上の足を引っ張ることになります。
ですので、基本的には先生がアドバイスするようなことは正解なことが多い。
そういう人たちは、実際に成功してたり、結果を出してるから。
シンプルに、信頼性が高いということです。
自分自身で全ての正解を導き出せるような天才的な才能があるとかでなければ、自分よりレベルが高い人の言うことに耳を傾けるのは大切ですね。
あとは、もちろん「自分独自の考えをして、自分で判断して取り組んで行く」というのもめちゃくちゃ大切です。
はい、ではまとめます。
●プライドがあった方が良い場合
・何かにおいて成長・向上したい場合
「悔しい」とか「負けたくない」とか「こんなのは嫌だ」
などの気持ちがあることで、努力や行動ができる。
●プライドがない方が良い場合
・何かにおいて成長・向上したい場合
余計なプライドが邪魔をして学ぶべきことが学べなかったり、自分の成長や向上が遅れたりする。
このように、同じ「成長・向上」に関しても、「必要なプライド」と「不要なプライド」というのがそれぞれあります。
こういったことは、「何をしているか」「どんな状況か」などによっても事情は変わって来ます。
「こういうプライドは持っていた方が良い」とか「こういうプライドは持っていない方が良い」とか、自分自身の状況や環境に合致するような判断ができると良いですね。
以上、ここまで読んで頂きありがとうございました。
何かあなたのお役に立ちましたら幸いです。
