
今回は、「言葉」や「文章」に関すること、そして最近わたし自身が抱いている苦悩の1つについて。
まぁ、「言葉」って強いもので。
「言語」「言葉」「文章」、それらは人間が獲得した、核となる能力のうちの1つで、非常に重要なものです。
これまである程度このブログで言葉による・文章によるコンテンツ発信をして来て、度々立ち止まることがありました。
それはほとんどが、
「こういうことを書いて、誰かが傷つかないだろうか」
「こういうことを書いたら、不快に思う人が結構いるかもしれない」
といったことです。
そしてこういうことって、何かを発信する人なら、ほとんどの人が考えることだと思います。
だって発信することの影響を何も考えずに好き放題にやっていたら、「炎上」とか、そうでなくても大勢の読み手や視聴者の方々を不快にさせる可能性が高まります。
そりゃそう、な話です。
ちなみに、今回と関連するテーマの記事はだいぶ前に1つ書いています。
リンクはこちら→ 何かを発信すれば別の何かを否定することになる。だからやるかやらないかはあなた次第。【コラム第4回:挑戦・発信・人間関係】
で、タイトルにあるようにマイナス面だけではもちろんないです。
言葉や文章によって、人が救われるとか、励みになるとか、心が楽になったとか、笑うことができたとか、色々あると思います。
「この本を読んだら、元気が出た」
「この動画コンテンツを見たら、励みになった」
あとはコンテンツ発信とは違いますが、
「誰かからこういう言葉をかけられて、うれしかった」
とか。
ですので、正の面にもなり得るし、負の面にもなります。
これが例えば「絵」だったらどうか。
「この絵を見て、傷ついた」
「この絵を見て、不快になった」
そういうのも”なくはない”と思いますが、言葉や文章よりは少ないと思うんです。
その絵がどのような絵かにもよりますが。
そういうわけで、言葉が持つ力は良くも悪くも強力だな、というのをこういったコラム記事などを書いていて思いますし、悩みます。
ただ、上にリンクを貼った過去記事でも書いていますが、気にしすぎるともうどうしようもないんですよね。
なので、「自分が何か発信することで、誰も傷つけたり不快にさせたくない」というのなら、やれないし、やらない方が良いですよね。
でも、やりたいんですよ、わたしは。
ただ、「なるべくは」というのは必要なことだと最初から思っています。
このブログで最初から決めているマイルールがあって、
「明らかな否定や批判をしない」
というのが1つとしてあります。
「こういうのは絶対に間違ってる」
「こういう人はダメだ!」
みたいなことは書いたことがないです。
念のためですが、
「犯罪をするのはダメだ」
とかそういう否定・批判はすることはあると思います。
そういうのは話が大きく違いますので。
まぁ~、長くなりそうなのでもう切り上げますが、
この記事をここまで書いて来て、
なんかもう「やりたいようにやろう」ってな感じの心情になって来ました。
気をつけるべきことは、きちんと気をつけますが。
だってもう、やるって決めて始めたんだからさ。
やり抜けよ。
貫け。
悩みや葛藤とか、調子の波もあるだろうけど。
登ろうとした山を、登り切れ。
はい、こんな具合となりましたが、ご一読頂きありがとうございました。
何かあなたのお役に立ちましたら幸いです。
